艦これ4話 そこにいないあなた いてくれるあなた
艦これのアニメ、3話までも良かったんですけど4話がとても良かったので何か書いとこうと。
アニメとしては吹雪が変な先輩たちに素っ頓狂なことに付き合わされて困惑してるのが大変可愛いので、それだけで見られますが。
吹雪がそういう応援したくなる可愛さなのは、吹雪のバックボーンとか世界観とか説明とかなくても見られる要素なんで、吹雪が可愛いのはいいことなのです。
吹雪可愛い。
で、4話です。
4話はひたすら、望んだ相手が視線の先に存在しない、ということを基調に進んでいきます。
吹雪が朝起きた時、ベッドにいるのは夕立だけで、睦月はいません。
教室で睦月が空元気を振りまく時、皆の視線の先にあるのは誰もいない如月の席です。
金剛は提督にいいところを見せようと張り切りますが、抱き付いた相手は大淀でした。
任務に島風が現れません。
ですので島風を探しますが、ライブでやってくるのは島風ではなく那珂ちゃんです。
榛名の罠に引っかかるのも、島風ではなく比叡でした。
このように何度も繰り返されるのは、もちろん、如月の帰りを待つ睦月の気持ちと、それが実現しないということの実感です。
ですが、それだけではありません。
望む相手以外がそこにいるということも積み重ねているのです。
上記の例でも、その多くの場面で、違う相手がそこにいるということがわかります。
他にも、霧島の作戦での北上と大井にとって、霧島はそこにいるのを望まない相手でした。
駆逐艦の相手をしていた吹雪にとって、戦艦は突然現れた敵です。
またその吹雪の前にも、金剛が突然助けに入ります。
どんな相手にせよ、そこには確かに存在する相手もいるのですね。
この突然何者かが現れる、というのが今回の絵コンテの稲垣さんの技巧なんですよ。
指令室に比叡榛名霧島が現れた時も、そこにはいなかったはずなのに、映像的に嘘をついて突然現れるんですよね。
単純な映像の整合性を越えてキャラが出現することを繰り返すことで、誰がいつどこに現れるのか予想できなくなるのです。
そうしてクライマックス、波止場から帰る睦月の、振り返った先に突然立っている彼女のシーンが本当にクライマックスとなるのです。
彼女は睦月の望む如月ではなく、吹雪でした。
いないはずの者がどれだけ現れようとも、それを期待しようとも、睦月の期待は裏切られ、ただ、吹雪は確かにそこに立つのです。
もし自分が沈んだら自分を待ち続けるであろう睦月を幻視した吹雪が、自分は如月ではないけれど、沈まずに帰還し、睦月を抱きしめるのです。
そして、二人に言葉はなく、慟哭だけがある。
ここに言葉がないのがいいんですよね。
吹雪はずっと睦月どう言葉をかければいいのかわからなかった。
でも言葉じゃないんです。
金剛「ヘーイ、ブッキー。それ以上は言葉にしなくてもわかりマース!」
さすが金剛お姉様!
だから今回の話も言葉で表現されてないんです。
ひたすら映像で積み重ねられているんです。
それを、僕が霧島のように金剛お姉様の素晴らしさを言語化しようと思って書いたのがこの記事なんですね。
長門からの任務の説明がよくわかっていなかったように、金剛は感覚派なんですね。
霧島「要するに、すごい速さで近づいて」
榛名「一気にドカーンとやってしまえばいいということです」
今回もそんな感じそんな感じ!
僕も二人みたいに金剛お姉様から褒められたいのです!
……えー。
そしてラストシーン。
アバンのように起きた吹雪の視線の先には、カーテンを開く睦月がいるのでした。
ここも、吹雪は睦月がベッドの外にいることに気が付きそうな位置関係なのに、嘘をついて最初は気が付かないんです。
だから睦月が突然現れたように見えるのです。
美しい!
そんな感じで、如月を失った睦月の気持ちを言葉にせず、睦月に対する周囲の反応も言葉にせず、ギャグを入れつつも映像で吹雪と睦月を描き切った傑作であると僕は思います。
言葉にするのは、如月の死に意味を与えるということになると思うんですよね。
でもそれを徹底的に避けてるじゃないですか。
そもそも3話での如月の死もそうでした、
如月の命と引き換えに戦況が良くなったわけでも悪くなったわけでもないし、彼女の死で誰かが成長したわけでもない。
ただ死を死として、それを受け止めるのを、ギャグパートとの落差の中で描いたのはとても素晴らしかった。
だからもうあの二人の慟哭が直接的にこっちの胸にきてつらい……つらい……。
あと金剛たちが人生楽しそうで良かった。
島風も楽しそうだった。
ていうか連装砲ちゃんファンネルだった。
振り回される吹雪はやっぱり可愛かった。
夕立は今日も見守ってた。
以上。
アニメとしては吹雪が変な先輩たちに素っ頓狂なことに付き合わされて困惑してるのが大変可愛いので、それだけで見られますが。
吹雪がそういう応援したくなる可愛さなのは、吹雪のバックボーンとか世界観とか説明とかなくても見られる要素なんで、吹雪が可愛いのはいいことなのです。
吹雪可愛い。
で、4話です。
4話はひたすら、望んだ相手が視線の先に存在しない、ということを基調に進んでいきます。
吹雪が朝起きた時、ベッドにいるのは夕立だけで、睦月はいません。
教室で睦月が空元気を振りまく時、皆の視線の先にあるのは誰もいない如月の席です。
金剛は提督にいいところを見せようと張り切りますが、抱き付いた相手は大淀でした。
任務に島風が現れません。
ですので島風を探しますが、ライブでやってくるのは島風ではなく那珂ちゃんです。
榛名の罠に引っかかるのも、島風ではなく比叡でした。
このように何度も繰り返されるのは、もちろん、如月の帰りを待つ睦月の気持ちと、それが実現しないということの実感です。
ですが、それだけではありません。
望む相手以外がそこにいるということも積み重ねているのです。
上記の例でも、その多くの場面で、違う相手がそこにいるということがわかります。
他にも、霧島の作戦での北上と大井にとって、霧島はそこにいるのを望まない相手でした。
駆逐艦の相手をしていた吹雪にとって、戦艦は突然現れた敵です。
またその吹雪の前にも、金剛が突然助けに入ります。
どんな相手にせよ、そこには確かに存在する相手もいるのですね。
この突然何者かが現れる、というのが今回の絵コンテの稲垣さんの技巧なんですよ。
指令室に比叡榛名霧島が現れた時も、そこにはいなかったはずなのに、映像的に嘘をついて突然現れるんですよね。
単純な映像の整合性を越えてキャラが出現することを繰り返すことで、誰がいつどこに現れるのか予想できなくなるのです。
そうしてクライマックス、波止場から帰る睦月の、振り返った先に突然立っている彼女のシーンが本当にクライマックスとなるのです。
彼女は睦月の望む如月ではなく、吹雪でした。
いないはずの者がどれだけ現れようとも、それを期待しようとも、睦月の期待は裏切られ、ただ、吹雪は確かにそこに立つのです。
もし自分が沈んだら自分を待ち続けるであろう睦月を幻視した吹雪が、自分は如月ではないけれど、沈まずに帰還し、睦月を抱きしめるのです。
そして、二人に言葉はなく、慟哭だけがある。
ここに言葉がないのがいいんですよね。
吹雪はずっと睦月どう言葉をかければいいのかわからなかった。
でも言葉じゃないんです。
金剛「ヘーイ、ブッキー。それ以上は言葉にしなくてもわかりマース!」
さすが金剛お姉様!
だから今回の話も言葉で表現されてないんです。
ひたすら映像で積み重ねられているんです。
それを、僕が霧島のように金剛お姉様の素晴らしさを言語化しようと思って書いたのがこの記事なんですね。
長門からの任務の説明がよくわかっていなかったように、金剛は感覚派なんですね。
霧島「要するに、すごい速さで近づいて」
榛名「一気にドカーンとやってしまえばいいということです」
今回もそんな感じそんな感じ!
僕も二人みたいに金剛お姉様から褒められたいのです!
……えー。
そしてラストシーン。
アバンのように起きた吹雪の視線の先には、カーテンを開く睦月がいるのでした。
ここも、吹雪は睦月がベッドの外にいることに気が付きそうな位置関係なのに、嘘をついて最初は気が付かないんです。
だから睦月が突然現れたように見えるのです。
美しい!
そんな感じで、如月を失った睦月の気持ちを言葉にせず、睦月に対する周囲の反応も言葉にせず、ギャグを入れつつも映像で吹雪と睦月を描き切った傑作であると僕は思います。
言葉にするのは、如月の死に意味を与えるということになると思うんですよね。
でもそれを徹底的に避けてるじゃないですか。
そもそも3話での如月の死もそうでした、
如月の命と引き換えに戦況が良くなったわけでも悪くなったわけでもないし、彼女の死で誰かが成長したわけでもない。
ただ死を死として、それを受け止めるのを、ギャグパートとの落差の中で描いたのはとても素晴らしかった。
だからもうあの二人の慟哭が直接的にこっちの胸にきてつらい……つらい……。
あと金剛たちが人生楽しそうで良かった。
島風も楽しそうだった。
ていうか連装砲ちゃんファンネルだった。
振り回される吹雪はやっぱり可愛かった。
夕立は今日も見守ってた。
以上。
スポンサーサイト
テーマ : 艦これ 艦隊これくしょん
ジャンル : アニメ・コミック